「冬山で遭難した人が、服を脱いでいた」という報道を目にして、不思議に思ったことはありませんか?
実はそれ、「矛盾脱衣(むじゅんだつい)」と呼ばれる現象です。極度の低体温状態に陥った際、本人の感覚が逆転し、自発的に服を脱いでしまうことがあるのです。
今回は、この矛盾脱衣の仕組みと発生のメカニズム、見かけたときの対応法までをわかりやすく解説します。
矛盾脱衣とは?
矛盾脱衣(Paradoxical Undressing)は、重度の低体温症に見られる症状のひとつで、
- 気温が極端に低い環境下(体温30 °C前後)
- 本人が「暑い」と錯覚し、自分の衣服を脱いでしまう
という、正反対の行動を引き起こします。
これは山岳遭難だけでなく、真冬の屋外飲酒や高齢者の住宅内事故でも報告されており、決して特殊な状況だけの話ではありません。
なぜ「寒いのに脱ぐ」?
1. 血管の異常拡張による錯覚
体温が30 °C付近まで下がると、体は熱を逃がさないよう末梢の血管を収縮させます。
しかし、低体温がさらに進むと交感神経の働きが乱れ、血管が急激に拡張。
その結果、一時的に肌表面に熱感が生じ、脳が「体が熱い」と錯覚してしまうのです。
2. 脳の機能低下で判断力が失われる
体温が28 °Cを下回ると、前頭葉や視床下部の働きが鈍くなり、正常な判断ができなくなります。
「脱いだら危険」という思考すらできなくなり、幻覚や錯乱状態で脱衣してしまう――それが矛盾脱衣の本質です。
3. ショック脱衣との違い
似た現象に「ショック脱衣(熱中症などで緊急に衣類をゆるめる行動)」がありますが、こちらは意識が明瞭で行動に合理性がある点で異なります。
矛盾脱衣では意識が混濁し、理性を伴わない脱衣行動が特徴です。
低体温症の進行ステージ
ステージ | 体温 | 主な症状 |
---|---|---|
軽度 | 35〜32°C | 震え、言語のもつれ、手のふるえ |
中等度 | 32〜28°C | 震えが止まる、幻覚、転倒しやすい |
重度 | 28°C以下 | 矛盾脱衣、潜水行動、意識喪失、心停止の危険 |
※潜水行動とは「地面にもぐろうとする動作」で、重度低体温の末期に起こります。
見かけたときの対処法
- 安全な場所へ移動
- 雪面や吹きさらしから遠ざける
- 濡れた衣類は脱がせ、乾いた毛布で包む
- 直接皮膚に密着させると保温効果が高い
- 温かい飲み物(37℃程度)を少量ずつ与える
- ※意識がある場合に限る
- すぐに救急要請
- 呼吸と脈拍を絶えずチェックし、心停止に備える
予防策
- 重ね着と速乾インナーで汗冷え防止
- 糖分・脂質の摂取で体内発熱力を維持
- アルコールは血管を広げて体温を奪うため控える
- 単独行動を避け、常に相互チェックを意識する
雪山に行く前には、天気の急変も含めてしっかり準備をしておきましょう。たとえば
山の天気がなぜ急変しやすいのかを解説した記事
や、
登山中に雷が鳴った時の対処法
も、あわせて参考にしてください。
また、冬の寒さそのものについてのメカニズムは
「冬はなぜ寒いのか?」を解説した記事
で詳しくまとめています。
まとめ
矛盾脱衣は、重度の低体温症における非常に危険なサインです。
- 血管の拡張と脳の誤作動により「暑い」と錯覚
- 意識混濁のなかで服を脱いでしまう
- 発見したらすぐに保温と救急対応を
冬のアウトドアや寒冷地での生活では、「寒いのに脱ぐ」という異常行動の背景を知っておくことが、自分や仲間の命を守ることにつながります。