はじめに
「童話といえば?」と聞かれて、グリム童話を思い浮かべる人は多いでしょう。では「アンデルセン童話の凄さは?」と聞かれたら、明確に答えられますか?
実はこの「答えにくさ」には理由があります。グリム童話は昔話のコレクションとして広く知られている一方、アンデルセン童話は作家性が強く、一言でまとめにくい特徴を持っているのです。
本記事では、アンデルセン童話の真の凄さを明らかにしながら、グリム童話との本質的な違い、そしてディズニーがどちらをより多く映画化しているのかを整理します。
結論:創作文学としてのアンデルセン、民話集としてのグリム
アンデルセン童話の卓越性は、単なる昔話の収集ではなく、作家として物語を創作し、皮肉や切なさ、信仰や孤独といった深いテーマを織り込んだ文学作品として確立させた点にあります。ブリタニカ百科事典でも、アンデルセンは文学童話の巨匠として紹介されています。
対してグリム童話は、ヨーロッパ各地に伝わる口承の物語を収集・編集し、改訂を重ねながら「童話の定番」として世界中に広まった民話集です。
ディズニーの採用状況については、長編映画の代表作で比較すると両者とも有名作品がいくつかあり、一方的な優位はありません。そもそもディズニーは、グリムやアンデルセン以外の原作も数多く映画化しています。
アンデルセン童話が優れている3つの理由
1. 作家の個性が物語に息づいている
アンデルセンは民話の収集家ではなく、自らの筆で物語を紡いだ作家です。そのため作品には、語り手の体温や視点が色濃く反映されています。
救いのない結末を持つ作品もあれば、善悪の境界が曖昧な物語もあります。表面的には子ども向けの体裁を取りながら、読み手の年齢や経験によって異なる深みを味わえる——それがアンデルセン童話の本質です。
2. 現代にも通じる心理描写とテーマ
アンデルセンが描くのは、単純な勧善懲悪や王子様との恋物語ではありません。
- 叶わない憧れ
- 報われない自己犠牲
- 社会からの疎外感
こうした普遍的な人間の感情を、物語の中心に据えています。
『人魚姫』はその典型例です。ディズニー版と原作を比較すると、世界観そのものが異なることに気づくでしょう。1837年に発表された原作は、時代を超えて読み継がれる文学作品としての重厚さを備えています。
3. 簡潔ながら心に残る余韻
アンデルセン作品の特徴は、読後すぐには言葉にできない感情が、じわじわと心に残り続けることです。
教訓を学ぶための童話としてではなく、大人の短編小説として読むとき、アンデルセンの真価が発揮されます。
グリム童話との5つの違い
グリム童話については、別記事で詳しく解説していますが、ここではアンデルセンとの比較に焦点を当てます。
アンデルセン、グリム童話の比較
| 比較項目 | アンデルセン童話 | グリム童話 |
|---|---|---|
| 本質 | 作家による創作文学 | 口承民話の収集・編集 |
| 作者の関与 | 全て自身の創作 | 収集した物語の編集・改訂 |
| テキストの安定性 | 作品として固定 | 版によって内容が異なる |
| 語り口 | 作家の個性が強い | 民話的な定型表現 |
| 読後感 | 余韻、切なさ、問いかけ | 教訓、結末の明快さ |
| 適した読み方 | 文学作品として味わう | 昔話の伝統を楽しむ |
読者が陥りやすい誤解
最も多い誤解は、「アンデルセンもグリムも同じ童話作家」という認識です。
実際には、アンデルセンは創作作家、グリムは編集者という明確な違いがあります。この前提を理解せずに読むと、アンデルセン作品の「ハッピーエンドではない結末」に戸惑うことになります。
しかし、その「割り切れなさ」こそが、アンデルセン文学の醍醐味なのです。
ディズニーはどちらを多く採用しているのか?
この疑問に対する答えは、実は単純ではありません。長編アニメーション、短編作品、原作への忠実度など、集計の基準によって結果が変わるからです。
長編代表作での比較:ほぼ互角
アンデルセン原作の主要作品
- 『リトル・マーメイド』(1989):『人魚姫』が原作
- 『アナと雪の女王』(2013):『雪の女王』から着想
グリム原作の主要作品
- 『白雪姫』(1937):グリム童話の『白雪姫』
- 『塔の上のラプンツェル』(2010):『ラプンツェル』に基づく
代表的な長編作品だけを見れば、両者とも世界的ヒット作を生み出しており、優劣はつけられません。
ディズニーの原作は多様
見落とされがちな事実として、ディズニーは特定の作家に偏らず、幅広い原作から作品を生み出しています。
- 『シンデレラ』:シャルル・ペロー版
- 『美女と野獣』:フランスの民話
- 『ムーラン』:中国の伝説
つまり「ディズニー=グリムかアンデルセン」という図式自体が、実態を反映していないのです。
短編作品を含めると数え方が変わる
短編アニメーションまで視野に入れると、アンデルセン原作として『みにくいアヒルの子』なども加わります。
集計の視点による違い
- 長編映画の原作を知りたい→代表作での比較
- ディズニー全体の傾向を知りたい→短編・企画作品も含める
- 原作の忠実度を知りたい→「翻案」と「原作」を分けて考える
求める答えによって、見るべき範囲が変わります。
あなたに合うのはどちら?読み分けのポイント
アンデルセンが響く読者
以下に当てはまる方には、アンデルセンをお勧めします。
- 物語の余韻を大切にしたい
- 童話を文学作品として読みたい
- 必ずしもハッピーエンドを求めない
- 子ども時代に読んだ話を大人の視点で読み直したい
入門におすすめの3作品
- 『人魚姫』— ディズニー版との違いが際立つ
- 『マッチ売りの少女』— 短く、深く、美しい
- 『雪の女王』— 長編だが読み応えがある
特に、ディズニー映画を見た後に原作を読むと、価値観の違いが鮮明に見えてきます。
グリムが合う読者
以下に当てはまる方には、グリムをお勧めします。
- 昔話の王道を一気に読みたい
- テンポの良い展開を好む
- 読書の入り口として親しみやすいものが良い
- 同じ話の様々なバージョンを比較したい
グリム童話は版や翻訳によって内容が変わるため、「読み比べる楽しみ」もあります。改訂の歴史を知ると、違いにも納得できるでしょう。
よくある疑問
Q1. アンデルセンの作品は子ども向けですか?
形式的には子どもも読めますが、テーマの多くは大人の心に深く響く内容です。だからこそ「文学童話」として高く評価されているのです。
年齢によって異なる読み方ができる——それがアンデルセン作品の豊かさです。
Q2. ディズニーはアンデルセンを特別視していますか?
デンマークの南デンマーク大学の研究によれば、ディズニーは創業以来、繰り返しアンデルセン作品から影響を受けてきました。
ただし、それは「アンデルセン優位」というより、優れた原作への敬意の表れと見るべきでしょう。
Q3. どちらが「本物の童話」ですか?
この問い自体が誤解に基づいています。
グリムは民話の収集・編集であり、版ごとに内容が変化します。アンデルセンは作家の創作であり、テキストは比較的安定しています。
「本物」ではなく「性質が異なる」と理解することが重要です。
まとめ:原作を読む楽しみへ
アンデルセン童話の本質は、作家の視点と文学性を備えた創作童話であり、切なさや問いかけを含む深い作品群です。
グリム童話は民話集として世界的に広まり、ディズニーは両者に加えて多様な原作から作品を生み出してきました。
今日からできること お気に入りのディズニー作品を一つ選び、その原作を読んでみてください。
特にアンデルセン原作の場合、映画とは全く異なる読後感に驚くはずです。その驚きこそが、文学としての童話を味わう第一歩となります。
参考文献
- Encyclopædia Britannica: Hans Christian Andersen
- Encyclopædia Britannica: Grimm’s Fairy Tales
- Wikipedia: List of Disney animated films based on fairy tales
- Wikipedia: The Little Mermaid (1989 film)
- Wikipedia: Frozen (2013 film)
- Wikipedia: Tangled
- University of Southern Denmark: Hans Christian Andersen and Disney

